温かい冬

冬は怖い。凍てつく言葉は白く形になるから。 誰の口からも発せられる、すぐに消えてしまうふわふわの言葉がぼくにはとても鋭いナイフのように感じられるんだ。北半球の全ての人間が、冬には凶器を持ち歩いているからぼくは春まで外には出ない。

クリスマス、外は真っ白な雪に包まれているらしい。小さな窓から覗く外の風景が、ぼくには地獄のように見えた。
ストーブヒーター床暖房炬燵加湿器、全て稼動したこの部屋でみかんを食べながらテレビを見て、それがぼくの毎冬の決められた過ごし方。ふいにチャイムが鳴った。

人が訪ねて来たらしい。扉を開くつもりはない。凶器を突きつけた殺人鬼に自ら向かって行く馬鹿はどこにだっていないだろう。しかしチャイムは鳴り 続けている。鳴り止める気配のない扉の奥の人間に、ぼくは苛々を募らせた。そこである作戦を思い付く。外にいる人間を、暖かなこの部屋まで引っ張ってくれ ば、なにも怖いことはないじゃないか。早速実行することにした。
ちゃんちゃんこの二枚重ねにニット帽に耳当てに手袋に分厚い靴下で外の敵に挑む。扉を開けたら、なりふり構わず家へ引きずり込む。よし、ぼくならできるぞ、それいちにのさん!

開けた瞬間顔も見ずに引きずり込んだその手は手袋ごしからもひんやりと冷たかった。予想外の冷たさに驚いて手を離してしまったぼくは、その時はじめて敵の顔を見た。

彼女の目は驚きのため真ん丸く見開かれていた。いきなりあたたかな部屋へ連れ込まれたせいか、身体からは湯気が出ていて少々滑稽だった。しかしそれはぼくに限ったことではなかったらしい。彼女は一息ついたのち、突然大きく笑い出した。

まずぼくのむくむくとした格好のこと。それから部屋の温度の異常な高さのこと。最後に、いきなり部屋まで連れ込んだ奇行のこと。けらけら長い間 笑っていた彼女を見て、微かにからだが暖まるのを感じた。彼女は、ぼくが長い間休んでいるバイト先の仲間だった。なにをしにきたのそう訪ねると、彼女は少 し笑って、ぼくのことが心配だったのだと告げた。へえ、そう、相槌を打つ間もなく彼女は唐突に冷えきった両手をぼくの頬に当て、そのまま外まで引っ張り出 した。いきなりのことで、なにがなにやらわからないまま、熱く火照った頬が心地好い冷たさに支配されてゆく感覚だけをはっきりと感じた。
彼女はすこし俯いて言葉を続けた。
本当はね、クリスマスだから言っておきたかったの、

「好きだよ」

突き刺すような気温の中で発せられた、白くて冷たい言葉は、なぜかぼくの心を一瞬で溶かした。