イキたいシたい

樹海にいこうと先輩が言ったのではい喜んでと嬉しそうに応えたのがつい20分前のことだ。
いつもは何を考えてるのかわからないような眼をしてめったに動かないくせに行動するときは強引なんだいつもいつも。
初めてのデートが樹海ですか変わった趣味してますね。お前もだろへらへら着いて来てんだから。
がたんごとんがたんごとん。
先輩は樹海まで何しに行くんですか。お前は樹海まで何しに着いて来たんだよ。
がたんごとんがたんごとん。
窓からの景色が現実離れしている。眩しい陽が頬に当たる。ふさわしくない、そう思った。

 

尊い命を大切に。そんな看板を横目に樹海へ足を踏み入れる。
進むうちにいくつも電話ボックスを見つけた。どれも汚らしい、朽ちかけたボックス。
ふいに頬をなにかが撫でる。驚いた私の声に駆けつけた先輩は頭上を仰いだ。
木の枝から千切れたロープがぶら下がっていた。木の皮にはかすかに髪の毛がこびり付いていた。
ここで誰かいってんな。そうですね。私達は奥へ進んだ。

開けた場所へ出ると先輩が初めて足を止めた。どうかしましたか。
「ここは土がやわらかくて、ベッドみたいだな」
他の場所よりも微かに強い腐葉土の臭いが不愉快だったがはいそうですねと応えておいた。先輩から眼を離す。
一瞬の空白の後気が付くと私の上には先輩。押し倒されていた。あれ?あれ?あれ?
「俺さ、人が死んだ場所でシてみたかったんだよ」
「変態」


あ、あ、あ。漏れる声は誰に届くことも無く響いた。気持ち悪い。土の臭いが纏わり付いて森に犯されてるみたいだ。
あ、あ、あ。服は泥だらけだし体中べとべとする。どうやって帰ろうか。
「皆、見てるね」
皆って誰ですか私達以外に誰もいないですよ誰も。だんだんと暗くなる森の中で私は途切れた声を出しながらも冷静だった。
先輩と眼を合わせてキスをした。確かなものたちに囲まれている視線を感じながらああ奴ら人間じゃない。本能が囁いた。
それは先輩も気付いていたんだろう。気付いていないふりをしている。本能に逆らっている。危険。危険。危険。


「見られていて、興奮した?」
「・・・誰に」
体中に付いた泥を払っている最中、雷が落ちたような鋭い音が私達を襲った。重いものに耐えられなくなり腐敗した木が真っ二つに裂け落下したようだった。
木は私達がいるすぐそばに立っていた。重いものは放物線を描きながら先輩の足元にぐしゃりと倒れてきた。それに括り付けられているロープは人間の油で黒く変色していた。
「・・・無理心中かぁ」
動けないまましゃがんでいる私の手元には、白くて固いものが転がっているのに気付いた。掌に収まるほどの小さな骨だった。

 

腐葉土の粘っこい不快感とは違って、掌にある骨はなめらかで小さくてかわいらしかった。子供の骨だと根拠もないのにそう確信していた。
がたんごとんがたんごとん。
「まじでそれ持ってきたのかよ」
「はい、夢でしたから。私の」
毎日一緒にお風呂に入って綺麗に磨いて一緒に寝るんです。夢なんですよ、私の。

がたんごとんがたんごとん。