ゴオ

珍しく口を閉じている同居人が心底不気味で「何見てんの」声をかけた西日射す六畳間。

「もくせい」

もくせい。彼は俯いているので睫毛の先を追った。小学校に置いてあるような図鑑を開いていてきっと彼が見ているものは木星と地球が隣り合っているこの写真。地球が豆粒のようなこの写真。

木星に投げ飛ばされる夢を見るんだ」彼は言う。「ずっとずっと昔からその夢を見続けてる。誰かの掌で握り潰されて僕は投げ飛ばされるんだ。木星はどんどん僕の視界を占領してやがて木星以外のものが何も見えなくなる程接近して、僕はとてもとても大きい木星に音もなく飲み込まれる。黄土色のガスが微かに呼吸するだけ。ガスで出来た木星に足が着ける場所なんてなくていつまでもいつまでも落下して光が届かなくてずっとずっと何にもすがれない。一生暗いガスの中を落ち続けるんだ。昔からその夢を見てる。ここ数年は白昼夢にもなる。2週間前から木星の音が聞こえる。知ってる?木星の音。電磁波の震える音。だんだん大きくなってる。ねえ、この写真の地球が僕だよ。飲み込まれる。すぐ隣にいる。僕は木星の大赤斑より小さい。そういえばこの部屋、大赤斑の色に染まってるね」

こうして同居人がいつものように喋り始めたので俺は安心して自分の机に向かうことが出来るのだった。