猫娘と牛模様

ああ空を飛びたい。

八畳の殺伐とした部屋の中一人ベッドに寝転ぶ学生服の少女は空っぽの頭でそう思った。現在平日午前十時。
開け放たれた窓から真っ青な空を臨む彼女の黒い瞳は空と同化して藍。


朝は七時の目覚しで起床。
パジャマのまま一階へ降りるとキッチンからは香ばしい匂い。母の作った簡単な朝食を食べ、ニュースの占いコーナーが終わる頃学生服に着替えて母を見送る。そして二階に戻り一日を過ごす。
これが一週間の決められた生活。週休二日制

八畳の部屋にはベッドと机と小さな本棚のみでタンスもテレビも絨毯もない。私服は学生服。寝るときはパジャマ。以上。


彼女の趣味は染髪である。色の抜けきった髪と篭りっきりの肌の色は等しく至って不健康に淡く光る。
部屋ですることと言えばオセロや人生ゲームやトランプ。一人で黙々と部屋の中央でそれらを広げて過ごす。


彼女は知らなかった。知ろうともしなかった。純粋な感情のみで生きていた。
大人になるにつれて外の世界を拒絶し始めた。汚く染まるのが嫌だったから。
世界で一番綺麗な彼女は世界で一番孤独だった。


火曜日のお話。
いつも通り母を見送った後、彼女は部屋に戻って青空の広がる窓を開けた。
彼女は空が好きだった。特に真っ青な空はなんだか懐かしい感情を生んだ。
どこまでも続く空に焦点を揺らせながら、彼女はふと首筋に刺さる視線を感じた。
目線を下げると猫がいる。牛模様の猫が。じっとこちらを見てぴくりとも動かずに丸い眼をぱちくり。
どのくらいそうしていたか、見つめ合った視線に導かれるように彼女はふらりと家を出た。


牛模様を前に見て歩き続ける。不思議と猫は視界から外れることはなくて、近すぎず遠すぎずを保ったままてくてく。
牛模様は視界から消えない。彼女は外の世界に眼を向け始めた。自宅は既に見失っている。まもなく住宅街を抜けるだろうと直感で感じている彼女に不思議と不安がないのは高揚かはたまた感傷の欠如か。


家並みが途切れた。いつの間にか人通りは多くそれぞれがそれぞれに行動している商店街。太陽はすっかり高く、しかしアーケードの中には心地良い風が吹き通っている。新鮮な空気、雑踏、会話、彩り、どれもが彼女の部屋には存在しないものだったので自ずからアドレナリンは過剰に分泌し胸が高鳴る。最後に興奮したのははてさて何時のことだったか、1200gの錆付いた脳はぎこちなく動き出した。


小さな店が軒を連ねて種々多様なものを売っている。右手には洋服屋。左手には魚屋。美味しそうな香りを辿っていくとお惣菜屋。すれ違う人に何度もぶつかりながら彼女はアーケードをくぐり抜けて行く。左右に眼を回してどれだけ歩いただろうか、彼女は小さなラーメン屋の前で立ち止まった。