ミルク

牛乳がポストに投げ入れられる音で眼が覚める。最近はずっとこんな生活で、眼が覚めると青い空や分厚い灰色やノイズがかったような天気と雨音のセット、違うのは寝ぼけ眼で仰ぐ窓枠の中だけ。ここ何日かは毎日二本の牛乳が俺の体内に入る全てで、俺の体の60%は水分というか既に牛乳だと思う。尿もなんだか白っぽい。カタツムリのように殻に篭って過ごしていると生態までカタツムリになるらしい。自嘲気味に笑う筋肉も衰えて、俺は正しい笑い方を忘れてしまった。人間からはどんどん遠ざかるこんな生活も悪くない。もしかしたらもう、塩を投げつけられれば溶けてしまう身体なのかもしれない。一本目の牛乳瓶を空にして、俺はゆっくりそんなことを思う。

訪ねてくる人間は意外と多い。実家からの仕送りとかNHKとか勧誘とか、友人とか。彼等の声は、俺に扉を開かせるほどのエネルギーを与えはしない。開きっぱなしの窓の外の喧噪に溶けて消えてしまう。意外なほど醒めた頭と冷めた眼をしている俺は、あと、何日、こんな生活を送って、死ねるのだろうか。