凶暴

路地裏の向こう側から凶暴が私を覗いている。一抹の恐怖の中に私は愛を見た。救ってくれると思った。泳ぐように路地裏へと足を進め、闇に完全に溶け込んでしまってから私の身体が地面へ叩きつけられるのを感じた。頬が湿った土に擦れてひやりと私を撫でる。腕を捕られた背中から、少し高めの少年の声を聞いた。

「、おまえ、なんで」

ここに来た?気付いてただろう、俺がいることに。首元に突きつけられた凶器の冷たさに私は震えた。巷を騒がせている強姦魔が、こんなに可愛くて幼い少年だなんて、可笑しさに喉の奥にしまい込んでいた笑いが漏れ出す。少年の体重が私の上に更に重く圧しかかり、私の腕はみしりと音を立てた。素敵だ。自ら首を凶器に押し付けてついと滑らせると生温かいものが冷えた地面に染み込んだ。少年が驚きに息を飲む音と、私の発する言葉はほぼ同時だった。

「私とあなたは、きっと分かり合えるわ」

強引に胸元を引き寄せられ顔に鈍い衝撃を食らう。殴られて地面へ向けた眼をゆっくり少年へ移動させると、闇の中で少年の眼と私の眼が交わった。蕩けだしてしまいそうな輪郭をなぞりたくて伸ばした右手は、揺れる瞳を持つ少年のナイフで制された。首から流した血液よりも、もっとたくさんの血が流れた。

「なにをいってる?」

それだけ言って少年は私の腕と足を刺した。痛みに流されるように服を剥かれ、私の穴は塞がれた。不思議とそこから血は出なかった。

「痛い?」

私は聞いた。私の身体を強く揺する少年は動きを止めてわたしを見下ろす。痛いのはおまえだろ。その時私の瞳が写した彼の姿は確かに痛々しかったのだ。私だけ、私だけにしか気付かない彼の痛みは、彼自身にもきっとわかっていないのだろうと思った。

「かわいそう」

私の頬が濡れた。それは私の涙ではなくて、私に跨る少年のもので、それでも少年は頬を染めて私を揺すった。少年の熱が私に注がれるのを感じて、私は初めて外気の冷たさに身を震わせたけれど、少年のナイフが再び私を刺したのでそこからじんわりと熱が広がるのがわかった。

「私も一緒に泣いてあげる」


私が覚えているのはそこまでだ。そう言ってすぐ頭に鈍い衝撃が襲って、一体どれくらい経ったのか、意識は戻ったけれど眼を開ける力もなくこうして巻き戻した思考を再生する。指も足も動くことに多少驚いて、暖かい身体に安堵する。ゆるゆると眼を開けるとそこにはいつかの少年の可愛らしい寝顔があった。泣き腫らした目尻と私を包む細い腕に、私のこれからはこの少年とあるのだと悟って、再び眼を閉じた。