最期

ガチャ、パチ、ポチ、ポチ、プルルルル………………「……ああ、俺だけど、うん」

くすんだガラス越しに見える湿った夜は肌に密着するようで不快だ。受話器を持つ手がべたつくのは日本特有の気候のせいかはたまた俺の心理状態のせいか。電気信号に変換された懐かしい声は俺の記憶にあるそれよりも少し慌てていて、数年前よりも皺の増えた母の顔を思い出しながら出した声は自分でも驚くほど優しかった。

二個下の弟が東大に受かった頃俺は大学へも行かずに増え続ける借金から逃げるように家を出た。逃げた先で手を出した女がいわゆる暴力団の頭の女で、その時に左の指を二本無くした。麻薬を売った金で飲み続けたアルコールに身体がイカれたのがつい三ヶ月前の話で、手の震えを抑えるために売るはずの薬を投与した。髪が抜けて物覚えが悪くなった。机の下から手や顔が覗くようになった。瞼の裏に強姦した女の泣き顔が張り付いていた。その女にエイズを宣告された。だからここへ来た。こんなに優しい気持ちになったのは生まれて初めてだった。

「ねえ、今どこにおるの?お父さんもね、裕也も心配してるんよ、はよう帰っといで。帰りづらいのはわかるけど大丈夫だから、みんなおまえの顔が見たいだけなんだよ。いつ帰ってくる?お母さん美味しいご飯作って待ってるから。部屋もそのままにしてあるからね、裕人、裕人、」

俺の家族は今でも変わらず甘くて、そんなんだから他人につけ込まれるんだと怒鳴ってやりたかった。つけ込んだのは主に俺だ。最後に親孝行をしようと思うよ。「俺、今から死ぬね。バイバイ。」

まるで重大な決断を下すようにレバーに手をかけた。ガコン。ツーツーツー。使いかけのテレホンカードはもう必要ない。静寂を切るように鳴り続ける断続的な電子音は刺さったままのテレホンカードに喘がされている。粘つく空気に流されるようにガラス戸を開く。縄を片手に死に場所を探そうとして、背後の物音に気付いた。腐葉土を踏みしめる独特の音。振り向いた先には真っ黒なフードを被り長いナイフを持った男が待っていた。ああ、もう、遅いと思った。

 

503 :週末都民(名東区) :2007/03/08(木) 02:04:30
樹海をいろんな目的で定期的に出入りしている人達がいる

自殺志願者が死ぬ前に説得しようと思ってうろうろ……
死体やゴミを発見して少しでも早く通報したり片付けたりするためうろうろ……
死にたくても死ぬ勇気がなくてうろうろ……
おもしろ半分や肝試しのためにうろうろ……

あと、もう1種類ちゃんと目的を持ってうろうろしてるのがいるのだが絶対報道はされない。

522 :相場師(小倉) :2007/03/08(木) 02:14:46
»503ぞっとした。

人を殺す目的、だろ?