現代の少女の感情

頭上から降ってくる声は苺の匂いがした。甘ったるくて爽やかで、甘いものが嫌いな私は軽い胸焼けを起こしながら突っ伏した机の底から深い溜め息を吐き捨てた。

「だから私と付き合えばよかったのに」
「黙れ。死ね」

甘い言葉には辛辣な言葉がよく似合う。冷えた手が頭を撫でたので溜め息とは対照的なほどに素早い動作でそこから逃げ出した。夕日とカラスの泣き声が満ちている二人きりの教室に金木犀の風が吹き込んでカーテンが緩慢に呼吸をする。夕日は眩しかったし枯れたカラスの声は耳障りだった。金木犀の香りは眉間に皺を刻んだ。文学的には素敵なシチュエーションも実際はそんなもので、だから実用的ではないものを私は常に憎んだ。はずだったのに。

「『ごめん、俺、好きな人いるんだ』だっけ」
「ねえ、お前いつ帰んの」

マジ殺しそう、そう言うと苺の君は不釣り合いな茶髪の三つ編みを揺らしながら私の正面に立ってふわりとした笑顔を作った。ああ、これ。この笑顔が、甘ったるくて、大嫌いなんだ。教室の角に追い込まれ嫌悪の刻まれた眉間を楽しそうに眺めて愛しそうに手を触れようとするから全ての感情を込めて彼女の手を振り払った。左手の甲が赤くなった。

「それで、何だっけ?『でも、君のことが嫌いな訳じゃないから、これからも友達でいよう』だっけ」

目の前の顔に唾を吐きかけたらマシュマロのような肌が汚れてそれでも嬉しそうに苺の香りを振りまきながら、そんなんだから男の子からふられちゃうんだよ、と彼女は小さな口で言った。これほどまでに純粋な憎しみを抱く午後4時57分の夕暮れを私はきっと忘れないだろう。

「お前さ、いつからいたの」
「全部聞いてたよ。あんなに可愛い声、初めて聞いた。不安で不安でたまらないって声。返事を聞いて小さく息を飲んだでしょう、泣いてしまいそうだったの?」

かわいいね。教室に響く声。私の好きな人が苺の香りに惹かれていたのは知っていた。彼の目線の先にはいつもこの女がいた。私が彼に出会う前から私はこの女が嫌いだった。私がこの女を嫌う前からこの女は私を愛していた。

「もういいから。早く帰れ、死ね」
「一人で、泣かせないよ」

半径50cmに侵入するあまいかおり。掴まれた手首は温かかった。頬に触れた手は冷たかった。二人の距離などは既に存在しない。スカートの中に侵入する手を拒む代わりに、私は嗚咽を漏らして彼女の手を濡らす。5時を知らせるチャイムがやけに長く感じた。明日は、卒業式だ。