メリークリスマス

彼女の細い指に似合うだろうピンクゴールドを温めながら横浜駅で彼女を待つ19:54。日曜に仕事のある僕に合わせて20:00にいつもの場所で待ち合わせた。間抜けな着信音と共に[もうすぐ着くよ]の文字、改札の向こうに見えた彼女は一足遅れて僕を見つけたようで、いつものきらめくような笑顔を見せてからIC乗車券をかざし、料金不足で構内に引き止められてから、ばつの悪そうな顔をして、清算を終わらせ小走りで僕の中に入ってきた。さむいね。うん、さむい。自然と手を絡ませ駅を後にする。僕と彼女の歩幅は全く違うけれど、呼吸の拍子はほとんど同じだった。白い息が生まれるたび二人の間で混ざっていたからだった。

普段は陳腐な光もこれほどまでに散りばめられれば眼を見張らずにはいられなかった。プラネタリウムのような街を静かに眺める彼女をそっと覗くと、大きな眼の中には宇宙があった。街よりもずっと彼女の方がきれいだったけれど、何万もの男がきざに吐いたであろう台詞を使い回すのは躊躇われたから言葉をキスにして投げかけると、二度目のキスで宇宙は閉じてしまった。風が冷たい。手がじくじくと痛む。彼女の鼻も、少し赤い。


「夜遅くになっちゃって、ごめんな」
横浜の光を映し出したパノラマの窓が彼女の横顔をしとやかに照らす。鴨フォアグラのソテーをフォークで弄んでいた彼女の顔が一瞬当惑の表情に歪み、すぐに笑った。
「ううん、気にしてないよ。わたし、会えただけで嬉しかったもん」
お仕事忙しいのにありがとう、そう言って彼女はまた笑う。デザートが運ばれてから、僕はやっと鞄の奥にしまい込んでいた小箱を渡すことが出来た。
「これ、プレゼント。メリークリスマス」
僕の想像していた以上にひとしきり彼女は感動してから、小さな箱を開けてうわー、とかひゃー、とか感嘆の声を漏らして、左手の薬指にくぐらせた。シンプルだけれどかわいげのあるピンクゴールドの細い指輪はやっぱり彼女にぴったりだ。そのあとも二回ありがとうという言葉を発した彼女は、実はね、私もクリスマスプレゼントあるの、と楽しそうにコーヒーを飲みながら言った。
「またあとでね」
へへへ、と笑う彼女が愛しかった。


深夜の横浜駅はいつも少し騒がしい。特に今日なんかは一層に。終電を間近にしたカップル達は別れを惜しむようにキスをしたりなにか囁き合ったりしている、僕はそれらを見て見ぬふりをしながら彼女の手を心なしか強く握ってしまった。
「じゃあ……今日は、ありがとう」
眉を下げた彼女が改札の前で僕を見る。うん、たのしかった。ありがとう。僕も白い息をはふはふと吐き出して言った。改札をくぐろうと僕の手を離した彼女が、あっ、と声を上げて思い出したように鞄を探り出して、ほんのしばらくごそごそとやってから、僕に手を突き出して、今日一番の笑顔でこう言った。
「これ、私からのクリスマスプレゼント。メリークリスマス」
何も言えない僕を放って、じゃあね、と手を振る彼女と背を向ける彼女と一番線のホームに上がる彼女をたっぷりと見つめてから、僕の手の中のものをもう一度見た。手の中には、さきほどまで僕の鞄を占領していた小箱が収まっていた。彼女は一度も振り返らなかった。