浴槽の中だけが私の

蒸気した頬に籠る音楽に溶ける。左肩を撫でる水面、右耳を犯す水音、膝を折り曲げ不自然に首を曲げながら左手は外の音楽に合わせて水面を叩いている。私を閉じ込める蓋が青く透けて酸欠状態の私に優しく映る、手を伸ばしたら水滴が指を伝って肘で溶けた。晴天から注ぐ雨のようで神様の私は酷く楽しい。浴槽の中には私の掠れた歌声だけが生きている。瞬きの音までが響く。お気に入りのアルバムを一周歌ってから浴槽の蓋を開ける。酸素の踊り食いをしているように苦しくなってしまう、いつものことだ。酸欠よりも苦しいなんて、外の世界にはどれだけの不純物が蔓延しているのか恐ろしい。冷えきったタイル張りの浴室に流す温度は一瞬で私の視界を曇らせてしまった。
私が美味しそうな蜂蜜の香りでコーティングされた頃、いつも我慢できずに達してしまう。石鹸は最初の大きさよりもだいぶ小さくなった。きめ細やかな固い泡で包まれるとプレゼントしてくれた彼が肌を撫でているような気がする。腕、足、背中、胸、そして……身体の中まで甘く染まることにエクスタシーを感じる、彼の顔が浮かぶ。あれから一度も会っていない。「別れよう」という言葉だけがピリピリと肌を刺激するからそれさえ快感だった、私はどこかおかしいのだろうか。お湯をかけても泡はなかなか流れ落ちてくれない。甘ったるい香りを閉じ込めるように、私は再び浴槽の蓋を閉めて、歌った。