とまれみよ

それは冬を告げるランプが僕に合図するのと同時だった。
大きく弧を描いた星座は進むべき方向を示してくれていたから僕は何の心配もなく森を抜けることが出来た。走ることに慣れていないせいか不安とは関係なく心臓は強く僕をノックする。扉を開けるわけにはいかなかった。僕は心臓をしっかりと施錠して鍵を失くさないよう心の奥底にしまった。血液の騒ぐ声も聞かずに抜ける森は僕を傷つけた。鋭い葉は皮膚をさらっていったけれど眼に見えるものに大事なものなどないから頬を濡らしながら暗闇を切った。僕にそう教えてくれたのはとくちゃんだった。とくちゃんは左腕を失くしてしまっていたけれどとてもとても長い睫毛が生きていたから美しかった。既に記憶の中でしか会うことのできないとくちゃんに毎日笑いかける、おはよう、げんき?いいてんき。灯りを消すね、もうねむるね、とくちゃんはいい夢をみてね。ぼくのかわりに。おやすみ。おはよう。げんき?僕の時計。とくちゃんの心臓は僕の時計。とくちゃんの心臓は僕の耳になった。僕の耳は囁く、今は真夜中2.5時。僕の耳は囁く、夜明けまであと3.75時間。でもそんなに焦らなくていい、僕を追いかけるものは誰もいなくなった。少なくともランプが消えるまでは。ねえ、きみ、僕のかわりに後ろを見てくれない?怖くて振り向けないんだ。お願いだよ。