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狼女

あ、きた。

全身の血が粘性を持ったような感覚は、満月と共に周期的に私の身体を流れる。頭にかかるもやは冷静さと私を切り離し、ある香りへの執着を蘇らせる。
青臭い香りと、鉄錆の香りを、私は求めていた。

「ねえ、君の彼氏、心配してるよ」

青白く脈打つ携帯の画面を、目の前の男は読み上げる。帰り遅いね、大丈夫?残業かな?だって。でも君、こんな顔じゃあ帰れないね?
既に血で濡れた拳を、彼は私の顔へ振り下ろした。衝撃は少ない。ぬるついた拳は、私の頬を滑って情けなく揺れる。


今の彼氏と付き合って、もう1年が経つ。普段から仕事でなかなか会えないせいか、彼は私の性癖には気付いていなかった。
彼は優しく撫でるように私を触る。壊れ物でも扱うかのように触れられる私の身体は濡れこそするが、冷めていた。それでも1ヶ月のうち20日間は私は彼の優しさで満たされることができた。けれど、抑えることができないのだ。月が大きくなるにつれて、私の身体は自分のものではないように凶暴さを求めた。満月の日、私はこうして都会へ出る。声をかけてくる人間は、不思議と私の欲求を満たしてくれる者だけだった。


「あ……もっと」

喋らなくていいよ。目の前の男はそう言って、首筋に噛み付いた。私の身体は震えて悦び、首筋に顔を埋める男の真っ黒な髪にさえ興奮した。男は私の髪を掴み、首筋から離れる。熱い。血が伝っていくのがわかる。男が私の腹を蹴る。腫れてほとんど見えない眼を男に向けると、端正な顔と黒い瞳が光を持たずに私を見つめていた。そういえば、名前を聞いていないと、どうでもいいことを思い出した。

「ほら、君、これが欲しいんでしょ」

男はチャックを下げ取り出したものを私の口に押し込んだ。味わう余裕もないままに喉の奥へ突き動かされ、酸素の欠乏は抗えない快楽を生む。もうなにも考えられなくなっていた。
殴られたい。飲み干したい。端正な顔の男は、少し喘いで、私を殴った。